はこむす新ブログ

父が亡くなりました

2025-12-13 22:17:38
2025-12-23 17:28:51
目次

実は前回のエントリーを書いた直後に父が亡くなりまして。通夜から葬儀まであっという間に過ぎていき骨壷を実家に抱えて帰ってきました。

入院した、という母からの連絡を受けて一時間もしないうちに再び母から連絡があり「父の容体が急変したから病院に来て欲しいと言われた。お前も来い」との由。

といってこちらもすぐには都合が付かず、家を出たのが15時を回ったくらいでした。小雨の中、近くの病院でしたので自転車で(まさに)駆けつけて受付に伝え、病棟に案内してもらったのですが。

既に父は亡くなっておりました。

といって、そう言われなければ分からないほど穏やかな表情でした。布団にくるまって横になっている様子は眠っているようにしかみえなかったです。

入院してすぐに死ぬってどういうこと? そういうことってある??

いまひとつ現実味が伴わなかったのは母も同様でしたが、周りはそういう遺族に対しても次々に後続の対応を促します。そりゃまあ、そうなんですけど。お仕事上必要ですからね。いつまでも茫然自失という一家を残しておく訳にはいきません。

主治医の方からも説明を受けましたが、別に何か食事で喉を詰まらせたという訳でもなく(個室で食事中にこと切れているのを、後から様子を見に来た看護師の方に見つけられたという状況だったので、医師もまずはそれを診たそうで)、元々いつ亡くなっても不思議ではなかった状態でしたので患っていた慢性の肺疾患起因の呼吸不全ーーと、死因には記されていました。詳細は不明です。

その場で葬儀業者へ連絡し、遺体の移動を手配し、通夜・葬儀の日程を決めてお寺への連絡。親族にも母から連絡が周り、式を執り行い…とりあえずの一通りが過ぎ去っていった感じです。

喪主は母が務めましたが、動きがだいぶ悪いので周りに助けられ支えられて何とか済ませることができました。いろいろと手続きは山ほど続きますから自分もサポートしていかないと立ち行かないでしょう。対応期限が近い順から片付けてゆくしかありません。

自分はといえば、正直なところ通夜の席でも父が亡くなった実感が湧きませんでした。

それくらい穏やかな死に顔だったんですよね。

苦しまなかったんだろうなと思います。眠っている様子で、不意に起き出しそうなくらいに穏やかでこれが遺体という印象を抱けませんでした。

まあ、納棺の時に遺体に触れてその冷たさを感じたり、寝かせられていた布団から棺桶に入る「非日常性」を見て「ああ、確かに亡くなっている」という実感が来ました。それまではぶっちゃけ何とも感じていなかったんですが、それ以降さすがに悲しさを感じるようになりました。大泣きするような「理不尽な、突然の死」ではなく、年齢と病を考えればほんとうに大往生といってよいくらい長生きでしたので。少しだけ泣けました。

焼かれた後の骨は年齢からは考えられないくらいの骨量で、3割くらいしか骨壷に入れられなかったような気がします。細かく砕いていけば入るのでしょうが、母の意向でそれは避けて主要な部位を見繕って皆で収めていきました。

ほんとうに、肺の病さえなければ、もっと健康寿命を保てたろうになと思います。

肺の病の原因は間違いなく長年のタバコです(´・ω・`)。病を得てからはスパッと止められたのですが、この病はそれでも進行を遅らせるだけで回復は効かないのでした。

時間をかけてかけて、日常生活の動作でも息切れするようになり、酸素吸入がはじまり、徐々に寝たきりになってゆき、ゆっくりゆっくりと死に至るための暮らしを続けるーーそんな日々を長く過ごしてきました。

寝たきりに近くなった頃合いから認知症も発症していて、直前のやりとりなどまったく記憶に残らない様子になっていました。ボクに関しては三十年前くらいの記憶、ボクが大学を卒業した直後であるかのように語りかけてきたりして、内心驚きながら差し当たりなくやりとりすることもあったかな。記憶力がすごくて頭脳明晰な人だったので、その時はすごくショックを受けました。

ただ、そのおかげ? か、生来の気難しさ、気の短さが影を潜めて子供のように笑う姿が増えていた気がします。ずっと寄り添っていた母につらく当たるといったこともなかったようで、ああ、これがこの人の本性だったか…と、思ったりしました。身内につらくあたるばかりになる例も見聞きしますからね。それがなかっただけでも、よかったかなと。

ともあれ、ひとつ区切りが付いた感じがします。父も母も。長いことお疲れ様でした。

あとは、一時こちらと向こうに分かれてしまいますが、のんびりやってください。と。

この記事を書いた人

カフN

趣味でフィギュアを作り始めて早いもので10年以上…。「ワンダーフェスティバル・第28期WSC」に選ばれたこともありました。それも今や昔のものがたり。 自分の人生に見切りを付け、2024年末でサラリーマンも卒業しました。次は人生卒業か…。